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時間をどう生きるか、決定権は自分にある。

お彼岸の入り。
お墓参りに行ってきた。

その前に
いつもお世話になっている花屋へ行くと
「この間お盆だと思ったら
もうお彼岸ですね」と言われて
時間の経過の早さについて
話をされた。

「そうですね」としか
答えられなかったが、
自分がこの言葉の意味を
瞬間的に捉えたのは
妻が亡くなってからの
月日だった。

早いと感じるか、
遅いと感じるか。

早くもなく、
遅くもない。

時間は誰にとっても
平等だといわれる。

しかし、
変化が少なく
同じことを
毎日繰り返していると、
それは、
結構早く進むと
感じるのだろう。

同じことを繰り返し行うと
1日1日の記憶が単一化されて
時間が圧縮されたように
錯覚するからではないか。

また、
あるいは
起こる事態に
日々対処する
受動的な
生き方をしていると、
時間が無為に過ぎる
感覚に陥る
のではないか。

その意味で、
自分のここ2年余りは
同じ日々が繰り返される
ということは、
ない。

日々自分が何をするかを
決める。
能動的な生き方だと
言っていい。

時間は誰にとっても
平等だと書いたが、
その生き方によっては、
感覚が異なってくる。
その意味では、
決して平等とは
言えないのではないか。

今日、自分が何をするか。
どう生きるか。
決定権はいつも自分にある。

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